彼氏とお別れしました。

日本を離れて半年。

 

遠距離恋愛をしていた彼氏にフラれました。

 

自分で決めた事とはいえ、一人で海外に来た当初は心細く感じた時もあり………彼にはとても励ましてもらいました。

 

写真や動画を送ってくれたり、早く会いたいね、頑張れ、と言葉をくれたり。

 

自分勝手で大した事ない私を、好き、と言ってくれた貴重な人でした。

 

彼の私に対するテンションが段々と下がっていっている事には気づいていました。

 

私も私で、いつ帰ってくるの?早く帰って来たりはしないの?という言葉に何て答えるのが正解なのか分からなくなっていました。

 

今日、いまこの瞬間、会いたい気持ちはあるけど、じゃあ明日帰りますか?帰る事が出来ますか?と言われると答えはNOで。

 

会いたい、とか、好き、と言っても結局伝わってないような感じがずっとあって。

 

早く帰ってこないと知らないよ、と言われた時。

 

そんなのもう好きでもなんでも無いじゃないか、と思い

 

終わりたいなら終わろう、と言ってしまった事。

 

でも結局そこではお別れしなかった事。

 

言うならもっと可愛くて優しい言葉をあげればよかったな。

 

終わろうと言ったならあそこでスッパリ終わればよかったな。

 

少し後悔しています。

 

私が会社の元同期と旅行をするから帰国すると言った時、どんな想いだったのかなあ。

 

自分にはまだ帰らないと言っていた私が、意外と簡単に帰国する事に呆れたのかな

 

同期が誘ったら帰国するのか、とがっかりしたのかな

 

嫌な空気になってしまって、つい、感じ悪いよ、と言ってしまった事。

 

素直なところが好きだって言ってくれてたけど、私はただバカでガサツで無神経なだけなんですよ。

 

怒るとか、傷つくとか、通り越して冷めた

 

その一言が全てだったんだろうね。

 

冷めたら、それは終わりって事?

 

そう聞いた私に、でしょうね、とだけ答えた彼。

 

あーあ、終わっちゃった。

 

意外と呆気なかったなあ。

 

こんなにまだ好きなままなのに、別れたりするんだなあ。

 

もう私の事はどうでもいいんだなあ。

 

一生会う事も無いんだろうなあ。

 

悲しくて、寂しいです。

 

一ヶ月くらい経ちましたが、私の周りには色んな人がいて、中には有り難い事に好意を示してくれる人もいます。

 

でも私はその好意を受け取る度、初めの頃の君の距離の縮め方がすごく好きだったなあ、と思い出してしまいます。

 

他の誰よりもドキドキして、でもそれが嫌じゃなくて、目があって、話しかけられる度、私も段々と好きになりました。

 

一緒に見たかった映画はまだ見れていないし、ドライブもしてないし、おすすめの餃子屋さんにも行きたかった

 

もっと一緒に買い物もしたかったし、自転車に乗る君の隣を歩きたかったです。

 

君の私を呼ぶ声が好きでした。

 

私の名前の最後の音を少し伸ばす言い方が好きでした。

 

私が声をかけた時の笑った顔がすごく好きでした。

 

同時に、私がすごく好きになればなるほど、君の表情や仕草一つ一つに注目すればするほど、別に私の事なんかどうでもいいと思ってるんじゃないか、って感じてしまいました。

 

とっても好きだったけど、ずっと寂しかったです。

 

日本にいる時からずっと寂しかったです。

 

お別れしてから一ヶ月くらい経ってようやく、君の事を思い出したり、くよくよ考えたりしなくなりました。

 

だから大丈夫だと思ったのに、こうやって文字にしているとボロボロと涙が溢れてきて。

 

まだ、本当は、すっごく好きです。

 

もっかい、ぎゅっとして欲しいです。

 

今はまだ、そう思ってしまいます。

でも、考えないようにしてます。

 

今のこの気持ちも含めて、私の人生に必要なものをくれてありがとうございました。

 

どこかで幸せになっていてください。

 

私も超幸せになりますよ

3年と3ヵ月働いた会社を辞めたハナシとお局さんのハナシ

 

▼前前回▼

 

▼前回▼

 

 

3年と3ヵ月働いた会社を辞めたハナシがしたかったのに、お局さんのハナシを2記事使って書いてしまった。それ位、お局さんの存在は私にとって、ある意味衝撃的だった。

 

高校生の時、関わる友達、先生、全員違う人間だけど話してみれば必ず一つは共感したり、納得出来る部分があった。私は密かに、これが高校生か!私もみんなも成長したから他人の話が聞けるようになったんだなあ、と感動した。

でも実際は、私よりも歳を重ねている筈のお局さんの事が私は一つも理解出来なかったし、お局さんも私の事を理解出来ていなかったと思う。現に、私はお局さんに「あなたは私に無いものばかり持ってる。そこが好きな所でもあるけど、何を考えているのか分からなくて腹が立つ」と言われた事がある。

その時「Bちゃんと私に対する態度が全然違うし、すごく壁を感じる」とも言われた。

私にしてみれば、同期のBちゃんと、かなり先輩であるお局さんに対して態度が違うのは当然だろ、と思うし、私が壁を作っていたとしても、お局さんみたくヤバい奴にはそうしないと危ないから仕方ない、と思ってしまう。

自分の行動を省みる前に、壁があるからどうにかしてくれ、だなんて他力本願もいいとこだし、こんな事を面と向かって相手に言うなんてやっぱり理解出来ない、と思った。

 

去年から海外生活をしているけど、日本人にもたくさん出会う。中には一度友達になっても、しばらくすると疎遠になってしまう人もいる。

この国で仲良くなった友達が、疎遠になってしまう人達について「人間って年齢じゃなくて、経験値だよね」と言っていた。

経験値と聞くと、オンラインゲーム好きな父の影響からかゲームの世界に置き換えてしまうんだけど。

お局さん含む友好関係を築けなかった人と私は経験値(レベル)が違いすぎて、パーティを組む事が出来なかった?………自分の事を棚に上げているみたいで少々恥ずかしいが、その友達が言ったのはこういう事で。

又は、プレイするロビーが違ったのか、もしかするとプレイしていたゲームがそもそも違ったのか。

 

でも、楽だからと自分と似ている人間とばかり話していても面白くない。

攻撃タイプばっかりのパーティは、そのうち全滅してしまう。クエスト成功に、回復タイプの存在は必要不可欠だ。

あと、仕事のお客さんが打ち合わせの時に「経験豊富なオジサンばっかりが集まってやった仕事より、若い女の子とか、おばちゃんとか、ごちゃ混ぜにしたチームでやった仕事の方が面白いのが出来て俺は好きなんだ」と話してくれた。

私達がまだ経験の浅い女の子だったから、気をつかって言ってくれたのかもしれないが、すごく納得出来たのでよく覚えている。

 

かなり脱線したけれど、結局、私が退職する最後の最後までお局さんとは分かり合えないままだった。

 

 

2年目になって仕事量は増えた。

新人がお局さんによって大量に辞めた事で一人に対する仕事量は3年目になっても変わらず、更に増えた。それでまた、その年に入った新人も少し辞めた。A先輩は退職して、Bちゃんもお局グループを抜けて私達はまた一緒に仕事をするようになった。

休日も関係なく働いて、毎日終電は当たり前だったし、会社で徹夜もした。どこの中小企業も似たような感じだと思うけど。

週に何度もみんなで焼肉を食べて、日付が変わってしまった時はカラオケに移動するか、近くのスパにお世話になった。

楽しかったけど、ヘロヘロだった。

残業代は申告制だったので、高卒の女の子にしてみればなかなかの額を貰っていたが、(基本給は安い) 後半は日々の飲食代にほとんど消えた。稀に休日があると大量に買い物してしまうのも良くなかった。

 

忙しくて、夢の中でも仕事をしていて、社員やお客さんとしか会わなくなって、自分の世界の狭さに怖くなった。

今は若くて体力があるから出来るけど、この先どうなる?体力の低下を自分のスキルで補ってまた仕事をこなしていけるようになったら、おばさんになるまでずっとここにいて、お局さんのようにグループのリーダーにでもなるんだろうか。

周りを見たら、幸せそうな先輩社員は一人もいなかった。

 

あ、辞めたい。初めて思った。

 

今自分が持ってる仕事とか、同僚がきっと大変になる事とか、頼りにしてくれるお客さんの事とか、お世話になった部長の事とか、色々考えはしたけど実際私がいなくなったところで倒産する訳でもあるまいし、それが組織で、私はちっぽけな一社員で。自惚れた事を考えるのはすぐ止めた。

 

辞めたら貯めたお金で海外旅行に行こう、と決めていた。新しい友達を作ったり、山に登って絶景を見たり、ダイビングをしたり、今、健康な時にやれる事を全部やろう、と思った。

 

しばらくしてから部長に話したら止められた。一年休職扱いにしてもいいから、また戻って来いと言ってくれた。もちろん断った。会社は好きだったけど、一年後の私がどこで働きたいかなんて、私にも分からなかったから。

 

本当はちょうど3年きっかりで辞めるはずだったが、仕事の区切りが着かず、結局6月いっぱいまで働いた。最後の日もBちゃんと終電まで働いた。 Bちゃんにとっても、最後の日だった。

 

こうして私とBちゃんは3年と3ヵ月働いた会社を退職して、9人いた同期は私達2人が辞めた事で、あと1人になった。

私達が退職してからも3人でご飯に行くが、毎回お局さんの話題は出た。グループに属してはいるものの、実質一人で仕事をこなして帰るそうだ。

部長からも時々電話がかかってきて、ご飯に行くと、またお局さんの話になる。「あいつは病気なんだ」「次、また問題を起こしたら、今度は辞めさせる」

 

仕事終わりに一緒に面白おかしく愚痴を言って、そして笑い飛ばしてくれる同僚もいない。全員敵!みたいなオーラを放ちながら、みんなに腫れ物の如く扱われて、一人で仕事をするお局さんの姿が浮かんだ。

単純に可哀想な人だな、と思った。

 

 

しばらくしてお局さんが退職したよ、と連絡がきた。

 

デザインカッターの件も社内の人には話さなかったし、(だいぶ後になってBちゃんには話した)もちろん部長も知らない。

私に壁があるってお局さんは言ったけど、分厚い壁を四方八方に作ってその中に閉じこもってるのはお局さんの方で。さらに壁と壁の隙間を自分でどんどん埋めてしまって、ドアも無ければ窓もないから誰もその中に入ろうともしないし、お局さんがその中にいる事すら知らない人もいて、自分でももう出られなくなっちゃったんだな、って思った。

 

私は中にお局さんがいる事が分かってたのに、面倒臭い、一緒にいてもお互いにとって良くない、私が何かする必要も義理も無い、って見て見ぬフリをした。みんなで焼肉を食べる時も、一度も誘わなかった。

 

当時はお局さんに対して、この先の人生において不幸になれとか、地獄に堕ちればいい、とまでは思わないけど、他の人の半分位の幸せで終わって欲しいな、って思っていた。

でも今は、普通に幸せになって欲しいし、この先、壁に穴をあけてくれる人がいたらいいね、って思う。

 

 

焼肉は最高だね!!

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【飯テロ】美味しそうな焼肉の写真をまとめてみた。 - NAVER まとめ

 

 

お局の乱〜第2シーズン〜

 

 

前回の続き。

私が会社を辞めた話をダラダラと書こうと思っていたのに、主役はお局さんです。でも私の3年と3ヵ月の記録にこの人を欠いては成り立たないので、この後もしばらくダラダラと続く。

 

 

私とBちゃんは同じグループになった事で、かなり仲良くなった。いま思えばそれはお局さんという一つの対象に一丸となって立ち向かった日々があったからかもしれない。

お局さんのやり方はA先輩の一件があってからも、全くと言っていい程変わらず、ある時は私がグループからハブかれたり、またある時はBちゃんがハブかれたり、そして2人共口をきいてもらえない期間があったりもした。3人グループなのに、2人をハブいてしまっては、もうグループですらない。

 「コロス」「シネ」等の、久しく聞いてこなかった汚い言葉をなかなかの大音量で連射するお局さんに、私は完全に引いていたし、少し哀れに思っていた。社内の全員が私達の状況を把握していたけれど、グループを解散させる事にはならなかった。みんな腫れ物の如く、お局さんを刺激しないように振る舞うばっかりだった。

ある日、私がハブかれていた時に、次の仕事の指示が欲しかった私は、わざと部長の真後ろでお局さんに話しかけた。そうすればさすがのお局さんも無視出来まいと思ったからだった。完全に私の悪ふざけである。

 

お局さんは私にデスボイスで「……後で言うから待ってろ」と言い、

 

 

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並の雰囲気ではない事に気づいた部長が「どうしたんだ、またイジメてるのか?」とお局さんに尋ねる件があった。

案の定、その後お局さんは「私に恥をかかせたいの!?」と怒り心頭だったが。

 

お局さんの行き過ぎた指導は、もはやイジメだと誰もが思っているのに、誰かが状況を変えてくれる訳でもなく、でも今、自分からグループを変えてくれと部長に泣き寝入りしては、今年の新人は根性が無いと思われてしまいそうで癪だった。イカレた先輩のせいで私がなめられるのはどうしても嫌だったし、あいにく私は何を言われようが、されようが、食欲は変わらず旺盛だったので毎日とっても元気だった。

 

ひと月の間に何度も良い波と悪い波が変わりばんこに来て、良い波が来る度に、仕事終わりに3人で食事に行こうと誘われ、悪い波が来る度、仕事をもらえるまで頭を下げなくてはならない、クッッッソ面倒臭かった。一年やり過ごせば、私は新入社員じゃなくなって、教育係制度も関係なくなる、日々の仕事とお局さんの機嫌を伺いながら次の春をひたすら待った。

 

そして遂に4月になって、次の新人が入社してきた。

 

お局グループには悪い波が来ていて、最初は私だけだったのに、巻き添えでBちゃんもハブかれるようになってしまい、その一連の件に嫌気がさした私はある日の仕事終わり、電車のホームでBちゃんに切り出した。「私な、グループ変えてもらおうと思ってる。明日お局さんにも言うから」それと「私が言ったら、必ずBちゃんはどうするか聞かれると思うから、その時の話の流れで言わされるんじゃなくて、今からどうするか考えといて。もし変わるなら一緒に変わればいいし、残るなら応援するけど大変だと思う」とも話した。

 

 

二人共、駅のホームで号泣だった。

 

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2、3本電車を見送ってから、「私は残る」とBちゃんが言った。

 

 

次の日、相変わらず無視され続けていたが、昼休みに席を立とうとしたお局に通せんぼしてグループを移動したい事を告げた。

 

するとお局は机のペン立てにあったデザインカッターをおもむろに手に取り、次の瞬間、自分の手首に刃をあてた。

 

 

 

 

NT デザインナイフ D?400P

NT デザインナイフ D?400P

 

 

 

エエエエエエエエエエエエッ!!慌ててお局の手首を掴んで「何してるんですか」って聞いたら、お局は泣きながら「グループ変わるなら私が死のうが何しようが関係ないでしょ」と言ってきた。

 

コイツヤバい…………。正直関係ないけど、自分の目の前で人が死ぬのはまっぴらごめんだし、大体デザインカッターだからパフォーマンスでしかないんだけど、「そんな事をして欲しい訳じゃないんで」と、とりあえず止める。

 

するとお局は、「じゃあグループ変わらないでくれる?」と涙ながらに訴えてきた。

 

ジャアグループカワラナイデクレル?

 

なにこれ。

もうドン引きもドン引き。

 

昼休みの間中、「変わります」「残って」「変わります」の押し問答。間でデザインカッター出てくるから、最初は止めてたけど後半は疲れたから諦めて見届けた。

 

昼休みが終わるか終わらないかの時に、お局さんが同じフロアの上司に私のグループ変更の旨を伝えて、私は次月からA先輩のいるグループに移る事になった。

そしてお局さんがBちゃんに、今後どうしたいか聞いて、Bちゃんは残る事を伝えてオシマイ。

翌日のグループ朝礼で、私はお局さんから「今まで好きだった分、これからは大嫌いになるから」と身の毛もよだつ、謎の宣言をされ、ドン引きしつつ、残り少ないお局グループでの日々を過ごしたのでした。 

 

 

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私が3年と3ヵ月働いた会社を辞めたハナシ

私は高卒で就職した。

高校生の時から私の脳みそは貧乏でビビりだった為、奨学金を借りてまで大学に行く気概がなかったのと、工業高校だったので、職種を選ばなければ容易に就職出来た事も大きな理由である。

お金が人並みに好きだった私は、在学中も某コンビニエンスストアでアルバイトをしていたし、就職して更にお金が貯まるようになったら海外旅行に行きたい、と密かに夢を抱いていた。

同じ年に入社したのは30人前後だったと思う。最初の3日は全員で新人研修に参加して、その後、いくつかある事業所に振り分けられる。同じ事業所に配属された同期は9人。高卒の子もいれば、専門卒、大卒の人もいた。

職種はいわゆるエンジニアと括れるもので、私なんてソフトの使い方も分からずに入社していたので、まずは使い方を覚える事から始まり、その後は簡単な仕事を振ってもらって、一ヵ月を過ごした。

5月になると更に細いグループに配属される。大体1グループ、3〜5人くらいで、そのグループのリーダーが私達新人を一年間教える決まりだった。

 

一人、新人の間でヤバいと噂される女の先輩がいた。

なにがヤバいって、とにかく感情の起伏が激しく、一度キレると止まらない、言葉もキツく、やり方も陰湿で、典型的な面倒臭いお局さんだった。

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そのお局さんが私の教育係になってしまったのだ。

お局さんとは教育係が決まる前に、二、三度関わっていて、初めの一回が強烈だった。ある事がきっかけで朝一番にすごい勢いで私を含む新人何名かが怒られて、とりあえずすぐ謝った私に「お前、いま適当に謝っただろ」と睨みつけながら言ってきたのだ。

 

 

 

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はい、正解です。と思いつつ、「思ってないです」としか答える事の出来ない質問に一体何の意味があるのか、私は今でも分からない。

そんな事があって、なるほど、百聞は一見にしかず、確かにヤバそうだと思っていたその人が私の教育係、しかも後で分かった事だが、お局さんのご指名だったらしい。

お局さんのグループには私ともう一人女のA先輩がいた。

A先輩は人当たりの良い、優しい先輩だった。会社の飲み会や、それ以外でもお局さんとよく一緒にいた。

初めのうちはお局さんも優しかったし、仕事に対しては熱心な人の為、私の教育にも力を入れてくれていた。

しかし、しばらくするとお局さんのA先輩に対する当たりが強くなった。

キレて、罵声を浴びせて、A先輩が泣いて謝ろうが何しようが、延々と怒り続ける。次第に無視して、私だけを呼ぶようにしたり、そこに居ないかの様に扱いだした。

そのうち、A先輩は昼食を食べなくなった。

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お局さんが帰った後は、私達は普通に話す事が出来て、そんなある日A先輩が私に「私な、グループ変えてもらおうと思ってる。部長にも明日話す」と切り出した。

私はそれに賛成して、応援した。

その後、もちろんA先輩がグループを変えたいと希望を出した事で、お局さんはまたお怒りで面倒臭かったが、次月から無事A先輩はグループを移動し、フロアも別になる事が出来た。初秋の出来事だった。

A先輩がグループを移動した事で、他のグループ編成も少し変わり、我がお局グループには私の同期Bちゃんが入る事になり、お局さんと新人2人になった。

Bちゃんは頭の回転も良くて、センスがある新人と評判だった。

お局さんはすぐにBちゃんの事を気に入り、とてもゴキゲンみたいだった。

 

 

そして、お局の乱〜第2シーズン〜が始まろうとしていた………。

私がはてなブログを始めるワケ。

4月になった。

遂に私の友達のほとんどが社会人になった。私にも中学生や高校生の頃があって、一緒にその時代を過ごしていた友達である。その友達が社会人になったという事は、私も同じようにそれなりの年代になったという事で。

この春から新社会人になったみんなは今頃、やれ新人研修だ、やれ配属先がどうだと新しい環境の中に飛び込んで心身共に忙しい毎日を送っている事だろう。

3年目になる子達は仕事にも慣れ、人間にも慣れ、もう自分の確固たる居場所が出来て、それなりに言いたい事もあったり、またそれを仲間の意見として聞いてくれる先輩や上司も出来たりしているんだろうか。頼るばっかりじゃなくて、頼られ、任されたりしているんだろうか。

5年目になる子達は、今年の新人はどうだ?育て甲斐のあるデキる奴はいるか?とか、主に品のない話を肴にバリバリ仕事をこなしているんだろうか。

かくいう私はベッドの上に寝転んでコレを書いている。ダラダラと。

私は今とある国の、少し街から離れたお家の一室を借りて暮らしている。

高校卒業後、就職した会社に3年と3ヵ月勤めた私はそれから3ヵ月後この国に来た。それで私はこの先の人生に迷っている。

好きな物はある。たくさんある。ネットで「一人暮らし」「インテリア」なんて検索をして出てきた写真を見ながら、将来こんなお部屋に住みたいなんて妄想もする。まだ行きたい場所もたくさんある。モロッコのシャウエンには必ず行きたい。H.I.S. 絶景 - シャウエン

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タイでダイビングもしたい。タイ屈指のダイビングスポット【タオ島】 - NAVER まとめ

カンボジアアンコールワットも行きたいし、チリにいる友達のお家にも遊びに行きたいし、ボリビアでウユニ塩湖に行って、ペルーのマチュピチュにも行こう。日本国内も行ったことない所ばっかりだから、たくさん旅行したいし、人間国宝巡りもしたい。あれがしたい、ここに行きたい、そうゆう事はたくさん思いつくのに、じゃあその為にはお金が必要だから仕事はどうしようか?って考えると急に何がしたいのか分からなくなる。多分なんでもいいんだと思う、ちゃんとお給料が貰えて、オマケで話の分かる、仕事終わりにご飯を食べに行ける楽しい大人がいてくれたら最高で。お金が溜まったら旅行に行きたいから、仕事は休むか、それが駄目なら辞めて、お金がなくなったらまた仕事を探そう。

そんな考えじゃあ生きていけないのかな?楽しくないかな?甘いのかな?まだ、子供なのかな?そうやって生きた結果、最期、いよいよ死ぬ前に私に残った物って一体何かな?

自信がない。

ほとんどの友達が社会人になった。

きっとあと5年もしたら結婚式のお知らせが届いたり、中には子供がいる友達もいるかもしれない。

きっと、みんな自分の人生をちゃんと生きて、そんなみんなを好きになる人が現れて、それから一緒に人生を生きるようになって、家族が出来ていくんだろう。

その時、私はどうしてるかな?

社会にいない私を誰が見つけてくれるんだろう。一人でふらふらしている癖に、自分だけひとりぼっちのままだと寂しくてしょうがないんだ、私は。

しょうがない人間なんだな、私は。

今やりたい事は、今やらないと気が済まなくて、自分が楽しく過ごせるのが一番だ、って思ってるんだけど、一人になったらなったで、誕生日会の後に帰りたくないってごねる友達にしょうがないなあって深夜まで付き合った事とか、同僚と仕事終わりに焼肉食べて、明日も仕事なのにそのままカラオケに行って朝まで歌ってしまった事とか、好きな人はいっつも忙しくて、せっかく会えて久しぶりのご飯なのに何故か毎回ラーメン屋に行ってしまう事とか、なんの変哲もない、特段やりたい事とか、夢見る事とかではない些細な日々のイベントが私にとって凄く大事な事だったんだなあ、とベッドの上で考えているワケです。

友達にも同僚にも好きな人にも、家族にも、こんなにダラダラ話すワケにもいかないので、はてなブログを始めようと思います。